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日日是好日

日々や旅をマイペースにつづります

ひとり旅を終えて

思えば「やりたい仕事を、好きなことをしながらじっくり考えたい」というのが、旅のきっかけだった。

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ずーっと仕事や生き方について疑問を持っていたけれど、興味ないけれど生活のために続けている仕事漬けの毎日で、心身余裕がなかった。

6時起き2時寝の生活で、目の下には常にクマ。

どんなに働いても給与は微々たるもので、営業部時代に稼いだお金を削りながら過ごす日々。

あれ?このまま行くとどうなっちゃうの?

私の未来はここにはないのに、私の時間をこの会社で費やすのは、違うな。

そうして4年勤めた会社を退職。

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大学入学と同時に東京に出てきた。

「乗換一回で浅草に行けるんだ?!」その時の衝撃は今でも覚えている。

小学生の頃、お母さんに連れてきてもらった浅草。

そんな浅草で、仲見世をぶらぶらして、人力車に乗って、屋台で飲んで、友達と大騒ぎした1日はすべてが新鮮で楽しかった。

おそらくそれが旅が好きだと思った最初の出来事。

行きたいところはどこでも行ける。

そう気付いてからは、おいしいものを食べに・アートに触れに・写真を撮りに、ついでに景色を見に、国内のあちこちに足を運んだ。

そこで見たものや食べたもの・感じたことは私の宝物。

だから、旅に出る、そして考える。という選択肢以外は頭に浮かんでこなかった。

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旅先は、夢を実現してこだわりの宿をつくったお父さんがいる沖縄。

そっちに行くなら、西表島<はてるま>・宮古島<津嘉山荘>・憧れの竹富島も。

そこに、沖縄マスター大内さん一押しのマングローブカヤックも加わり。

その後は海外に行こうか?でも何をしに行くのかよく分からなくなり、語学や安全面の不安もあり、とりあえず沖縄に行くことに。

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両親は2歳の時に離婚して、偶然が重なって20歳の時に父に再会。

ありがたいことに、おじいちゃん・おばあちゃん・お母さんからたくさんの愛情を受けて育ったため、<お父さん>という存在に恨みも愛も何もない。

でも、夢を実現して生活している、という点で尊敬している。

会ったことは10回もないし、会っても数時間だし敬語だしぎこちない。

時間をつくって過ごしてみたい・仕事について話を聞きたいと思っていた。

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旅の始まりと終わりの10日間ほどおじゃまさせてもらい、初めて親子らしい時間を過ごせた。なりたい自分の見つけ方や形にする方法のヒントを教えてもらった。

この先どこを旅しようか悩んだ時に「それがいい!」というど真ん中なアドバイスをくれたのも、父だからだと思う。

優しいだけではなく「え、ひどい;;」と思うこともありつつも、いい時間を過ごせた。放任主義なんだな。

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沖縄本島から船で行ける伊江島で、自然のきらめき・島人の優しさ・島文化が表れる食に触れて、全身から楽しい気持ちが溢れ出た。

島、おもしろいかも。

そしてもともと行く予定の3島に加えて、八重山島旅スタート。

最終的に奄美の島も加わり、16島 約3カ月間の旅になった。

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東京や沖縄本島に一時戻っているところは省略して旅路はこんな感じ。 

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島を旅して1番大きかったのは、ひととの出会い。

「結局人間は自然に帰るんだよ」その時は謎だった言葉をくれた宮古島の津嘉山荘のおじさん。

ワーホリ・北海道の牧場で乳搾り・被災地ボランティアを経て、来間島で手造り喫茶店を営む純さん。

地域の子ども・若者・おじさんが集まる伊良部島のあたたかな宿、びらふや~。

月の満ち欠けで漁の場所や生活リズムが変わることを教わり、怪我のため本業は休み、地域の人たちの依頼を受けて草刈りや老人ホームの手伝いに出向く(報酬はおいしいごはん)生活をする西表島の右近くん。

島の人は人の繋がりも自然と共に生きる術も身につけていて何があっても生きていくことが出来るんじゃないか、と 衝撃を受けた。

「ゆくゆくは自分でツアーを組んで独立する」という4つくらい年下のマリウド大ちゃんや、シェアハウスを3軒運営するジャグラーに出会ったり(その時「旅から戻ったらバーを開きたい」と言っていて、今バーを運営している)、西表島は自分の人生を生きるひとがたくさんいた。

昭和荘のナオミさんタケさんのキャンパーを経た手造りゲストハウスオーナー生活と宿に対する熱い想い。

廃墟化した商店を改装して、美容室・ゲストハウス・アンテナショップ・古着屋・レンタサイクル・島のデザイナー&広報をこなす沖永良部島の入佐さん。ちょうど伊藤洋志さんの<ナリワイをつくる>を読んでいて、これがナリワイか、と。その上、すべての仕事が繋がっている。(旅人は宿を探す、いらない/欲しい服がでてくる、髪も伸び放題、移動手段の自転車を借りたい、おみやげもちょっと見たい。これをひとつの建物ですべて解決出来たら?)自然体な入佐さんの生き方からたくさんのヒントをもらった。

変わり者ゆうだいの真っ直ぐな姿や、彼女のみかちゃんに島の日常を教えてもらったのも大きかった。

「休みの日は何するの?」「ジョギング。海行く。」東京は刺激で溢れている。だから私は東京にいる。島の人は休みの日に何をしているのか、退屈じゃないのかとても気になっていた。でも、東京は刺激が多過ぎて余計なものでいっぱいになっているんじゃないか。大切なもの、見落としていないかな?

西表島<はてるま>の吉本さんの生活の知恵・古民家を改装出来ちゃうほどのひとの繋がりや仕事観(地域のひとを愛し、愛される)、大冨青年会メンバーのそれぞれの暮らしと結束。

「結局人間は自然に帰るんだよ」の意味もなんとなく分かった。

 

この旅でわかったことをまとめてみる。

★島で生活するひとは、ひとの繋がり・生きる知恵があって、ナリワイも自然と共存することも身につけている。何があっても生きていける強さと可能性に溢れている。

★キャリーバッグいっぱいの荷物は、いらないものもたくさん入っていた。キャリーバッグ1個で約3カ月過ごせるなら、自分の部屋はどれだけいらないもので埋まっているのか?休みの日の過ごし方にしても、必要なものはわずかで、不必要なものを自分で増やして苦しくなっているのかも。

★ネットがあればどうにかなる(旅本は全て家に忘れてきたけれどなんとかなった)

★好きだから出来る、そして地域と繋がる。

★お金を掛ければいいってもんじゃない。つくる・出来る方法を考える。

★自分の気持ちはいつだって決まっている。あとは、一歩踏み出す勇気と正直になること。

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旅から戻って早4ヶ月ちょっと。

旅のあれこれを整理して、やりたい仕事、というより興味のあることがだんだん明確になってきた。すべての出会いに感謝。

あとは最大のコンプレックス(くせ毛)も克服した。 

ありのままの自分でいいじゃないの。

それがこの旅1番の収穫かもしれない。 

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